サラワクで起こってきたこと

サラワクで起こってきたこと

交易の歴史

東南アジアの島嶼部では、特に10世紀以降、宋との間で交易がさかんになり森林産物であるサイの角、ツバメの巣、樟脳、香木などが宋へ運ばれました。13~14世紀以降はアラブやインドとも交易がおこなわれました。19世紀以前までは中国等の需要に応じて、多種多様な熱帯雨林の動植物の中から価値の高いツバメの巣、沈香等特定の動植物のみが採集対象とされ、それらが森に住む人々によって採集されていました。その後は野生ゴム、蜂蜜、籐等が森林から採取され輸出されていました。19世紀中ごろには多くの中国人が中国からサラワクへ移住し貿易業者として活躍し始めました。

商業伐採

サラワクで商業伐採がさかんになるのは、1960年以降、とくに1970年代後半から1990年代前半です。州政府が、州有地の一定範囲の伐採を行う事業権を伐採や搬出を行う企業に有料で一定期間供与する方法を取っており、伐採権の所有者は、州首席大臣アブドゥル・タイブ・マハムド氏とその関係者であり、伐採会社はその伐採許可を借りて操業しており政治家との強い結び付きを持っています。

ほとんどの企業は中国系の人々により運営されています。伐採は、当初はフタバガキ科樹種のうち、大きな樹木だけを選んで伐りだす択伐方式で行われましたが、それでも伐倒時や搬出時には周辺の立木に大きな損傷が残りました。そのように伐り出された熱帯材の最大の輸入国は日本であり、1990年前後には熱帯材貿易量の約3割を日本が輸入していました。

永久林(Permanent Forest Estate)やその他の州有林など伐採が可能なところには伐採許可が与えられます(永久林とは恒久的に林業に使っていくとされている森林であるが、持続可能な利用がされているとは限りません)。

Ⓒ峠隆一(非営利目的であっても、無断のコピー・転用を固くお断りします)

Ⓒ峠隆一(非営利目的であっても、無断のコピー・転用を固くお断りします)

伐採や植林の事業権が付与された土地は、先住慣習地(Native Customary Rights Land)と 重複している場合も多くありますが、その場合でも先住民族には事前の説明や相談はなく彼らの許可もないままに事業権が発行されています。その結果として、彼らを支えてきた森林の価値は破壊され、先住慣習権の侵害、食糧資源・文化の収奪、諸権利の 剥奪へとつながっていきました。

先住民族への影響

バラム川、ラジャン川、リンバン川など主な河川の上流に位置する山地では、クニャ、カヤンなどの焼畑を主な生業としてきた人々に加え、狩猟採集をしながら遊動生活をしていたプナンの人々が暮らしてきました。その生活地域にまで伐採の手が入るようになると、彼らの生活環境が脅かされるようになりました。重要な蛋白源であったシカやイノシシは森から姿を消し、河川は伐採地から流れ出る土砂で汚濁し漁獲量や減少しました。困窮した彼らは政府や伐採会社への伐採中止を申し入れましたが聞き入れることはなく、1987年についに伐採道路にバリケードを築いて自ら立ち塞がることで物理的に伐採を止めるという手段に出ました。その行為は警察等の弾圧を受け多くの逮捕者を出しましたが、その後も何度も繰り返されました。

 道路封鎖は多くの犠牲を生む割には、具体的な成果は少なかったため、人々は法廷闘争という別の手段を使うようになりました。初めて先住民族による慣習的権利を守るための訴訟が提起されたのは1989年、その後先住民族コミュニティが先住慣習権の侵害を理由に企業や政府を訴えるケースが増えていきました。

ⒸJATAN

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 その背景としてあるのは、土地に関する権利についての解釈です。1958年以前に利用した履歴がある土地については近代的な所有権がなくても先住慣習権が認められます。ここで「利用」というのは開墾し居住や耕作をしたことは認められていますが、狩猟採集に使っていたというのはこれに該当するか否かの解釈が問題となっており、後者については認められないというのが支配的な考えでした。

 このうちの一件、2001年のいわゆる「ルマ・ノル事件」の第一審判決は画期的で、耕作の履歴がなくとも生活に必要な資源を採取するために利用されてきた森林に先住慣習権が認められるという法解釈は前進といえるものでした。必ずしも先住民族の権利や利害に対応していると言えない司法システムにおいて、このようにかれらにとって好ましい判決を勝ち得たケースもありました。しかしそのような数少ない事例でさえ、判決は政府によってないがしろにされ、先祖の土地破壊され続ける状況に変わりはありませんでした。

コラム:ルマ・ノル事件とその後

2001年5月12日は、サラワクの先住民族にとって記念すべき一日となった。ビントゥル地区、Sebauh地域のイバン民族(ルマ・ノル村住民)がBorneo Pulp Plantation社、Borneo Pulp and Paper社、およびビントゥル土地調査局を相手に起こした裁判で、操業地におけるイバン民族の慣習権の正当性が法的に認められ、政府主導の大規模開発プロジェクトを前に、サラワクの先住民族が「勝訴」したのだ。

 ルマ・ノル村の代表4名(以下、原告団)は1999年1月26日、ルマ・ノル村の住民が先住慣習権を獲得・行使している土地でボルネオパルプ&ペーパープロジェクト(以下BPP)がアカシアを植林したことにより、ルマ・ノル村の先住慣習地に不法に侵入し、器物損害したとして、クチン高等裁判所に法的介入および操業禁止命令を求めて訴えを起こしていた。

 この判決で画期的だったことは、焼畑跡地(イバン語でtemuda)だけでなく、「林産物や動物、魚をとったりする、ロングハウスから最も遠い土地」つまり、イバン語の「Pulau Galau」もしくはコミュニティ相互に境界線を定めた村のテリトリー全体(イバン語でPemakai Menoa)に対する先住慣習権が一審で認められたことである。

 しかしこの裁判の控訴審では、Pulau Galau=NCRの原則が支持されたものの、Pulau Galauと主張されたエリアを狩猟や採集のために使っていたことの証拠は不十分として、土地は住民には返還されなかった。さらには、2016年に最高裁判決で「Pulau GalauはNCRである」という原則までもが潰され、焼畑跡地に対してしかNCRを主張できないことになってしまった。つまり、20年以上にわたる数百のコミュニティの裁判闘争が最高裁裁判官三人に潰されてしまったのである。

 さらにサラワク州立法議会は同年10月31日、「2001年土地測量法案」を可決。この法案では、「州政府の土地および先住慣習権のもと、法的に占有されている土地を含むあらゆる土地の境界線を定める地図は、その資格を有する測量士たちのみで作成されるものである」とされている。つまりコミュニティの活動家たちはコミュニティの境界線を示す地図を作成してきたが、今後はそれが認められないということである。この背景には、NGOとルマ・ノル村の人々が作成した地図が先住慣習地の認定に絶大な貢献をし、住民側勝訴の決定的な証拠となったことがあると見られている。

土地法

 1900年代前半には、森に住む人々は自給用の陸稲を得るためまた土地所有権を得るために原生林を開いて焼畑を行っていました。彼らの慣習では、拓いた土地は拓いた者の所有になるためです。当時のイギリス植民地政府(1941~63年)は、森林資源を確保するために先住民族が所有できる土地を制限するために(焼畑では一定の範囲の土地をくり返し使うので彼らによる森林破壊の程度は大きくないことが後から判明しますが)、数々の法令を出しました。今日の土地法は、そのイギリス植民地政府により1958年にそれまでのいくつかの法令を統合して制定されたものです。

 サラワク州の土地法第5条2項では、1958年1月1日よりも前に、原生林の伐採と占有、果樹の植栽、居住や耕作のための開墾等の行為によって先住民族が慣習的に利用した土地には、先住民族の慣習的な権利(Native Customary Rights、先住慣習権)が認められるとしています。この土地法をめぐってその後、森に住む人々と企業、政府との間でしばしば問題が起こりました。

 なお、1958年以降、許可証のない場合は原生林を伐採できなくなりましたが、その許可証が先住民族に与えられることはめったにありませんでした。

 国家人権委員会(SUHAKAM)は1999年に人権委員会法に基づきマレーシア連邦議会が設置した機関です。設立以来、SUHAKAMは土地に対する先住民族の慣習的権利の侵害の申し立てを取り扱ってきましたが、その多くは解決されませんでした。そのためSUHAKAMは全国の先住民族から長年にわたって提起されてきた多数の苦情に対応するために2010年12月から2012年6月まで全国調査を実施しました。その報告書では、実態調査による様々な権利侵害の事例の報告と、土地に対する先住民族の慣習的権利の認識、土地喪失に対する救済、土地の管理問題への取組み等6つの分野で18項目の具体的な提言が行われましたが、それをサラワク州政府が実施することはなかったと報告されています。

(詳細については次を参照。パーム油調達ガイドマレーシア・サラワク州の土地法と先住民族族の権利http://palmoilguide.info/tool/sarawaku

伐採からアブラヤシ農園、アカシア植林地へ

 商業伐採の後を追うように拡大したのがアブラヤシ農園です。事業者は、二次林等を皆伐してアブラヤシ農園に転換していったのです。アブラヤシの実(果房)は、品質劣化を防ぐために収穫後24時間以内に搾油する必要があるため、農園から近い場所に搾油工場を稼働させる必要があります。そして搾油工場を24時間体制で効率的に操業させるためには、最低でも3,000ヘクタール(東京の山手線の内側の半分に相当)という大面積のアブラヤシ農園が必要とされ、したがってそのために大規模な皆伐が行われます。

 アブラヤシから生産されるパーム油は、現在世界で最も多く消費されている植物油脂です。世界の植物油脂の総生産量2億トンのうち、パーム油の生産量は5,920万トン(2014年)と約30%を占めています。日本ではパーム油とパーム核油(アブラヤシの果肉から得られるのがパーム油、種子から得られるのがパーム核油)を合わせて年間約70万トンが消費されており、約8割がインスタント麺やスナック菓子をはじめとした食品向けに、残りの約2割が石鹸や洗剤などの非食品向けに使われています

海岸沿いの低地から丘陵にかけてアブラヤシ農園が拡大した一方、中・上流域の山地では、パルプ材生産を目的とした早生樹アカシア・マンギウムの植林地が増加しました。これらのプランテーションは一種類の外来作物だけを大面積で栽培するもので、森林とは呼べずいうまでもなく熱帯雨林の特徴である生物多様性とは全く無縁なものになってしまっています。またプランテーションに転換される土地には泥炭湿地も含まれており、泥炭湿地をプランテーションに転換する際に排水することが、炭素の排出と地盤沈下を引き起こしています。

このようなアブラヤシ農園やアカシア植林地への転換は、さらなる森林の劣化、 温室効果ガスの放出、森林の持つ自然的価値の喪失を促し、劣化した天然林が復元される機会を永遠に失わせるものです。

コラム:二次林

 二次林とは、択伐による商業伐採が何回か入り、売り物としては低価値の木しか伐れなくなってきた森など、大きな撹乱の結果として劣化した森林エリアである。撹乱の影響が顕著でなくなり、自然の状態まで復元されるほどに長期の時間が経過するまで、二次林という分類が続くことになる。伐採のサイクルが繰り返されるサラワクでは二次林は元の状態に復元されることはなく、伐採のサイクルごとに生物多様性が失われ、炭素が排出されていく。二次林では、水質の維持や水流の制御、土壌の安定化などの天然林が本来持っている生態系サービスの機能も著しく低下しており、このために土砂流出、シルト堆積、洪水などの大規模な負の影響の原因となっている。

コラム:泥炭湿地

 東南アジアのスマトラ島、ボルネオ島、及びその周辺の熱帯林には、浅瀬の海に樹木が朽ちて堆積した「泥炭湿地」が広がっている。これは千年から数千年かけて形成されたと見られており、有機物を多く含む層で層の厚さは平均5メートルほど、厚いものでは10メートルに及び、これらの層の上には熱帯林が生い茂っていった。東南アジアの泥炭湿地では近年火災が多発しており、これはアブラヤシ農園や紙パルプのためのアカシア植林等に関連がある。泥炭湿地に生い茂る熱帯林を伐採した後にこれらの事業者は自分たちが植える植物が育ちやすいように溝を掘って水を抜く。これにより湿地の水位が下がり表面が乾燥して火災の危険が高まるのである。火災が起これば有機物に含まれる炭素がCO2となって空気中に放出され気候変動にも寄与してしまう。

詳細は以下を参照

プランテーションの問題:http://plantation-watch.org/case/malaysiasarawak2011

パーム油の問題:http://palmoilguide.info/about_palm/detail

サラワク州政府の汚職とその後の対策

 森林破壊とそれに関連してサラワクの現地コミュニティに対する人権侵害を主導してきたのは、長期にわたり州主席大臣の地位にあったアブドゥル・ タイブ・マフムッド氏です。過去30年間に亘り、サラワク州における伐採とアブラヤシ植林のライセンス発行を管理しているタイブ氏の権力濫用により、タイブ氏とその一族、さらに彼らの関係者達は多額の利益を得ているとされています。

 2014年に発行された「Money Logging-On the Trail of the Asian Timber Mafia」(和訳版は「熱帯雨林コネクション: マレーシア木材マフィアを追って」緑風出版2017年)で著者のルーカス・ストラウマンは、汚職と木材の売却を通して巨額の富を築き上げた犯罪ネットワーク組織の行状を詳細に調べ上げました。木材マフィアの領袖として君臨したのはそのアブドゥル・タイブ・マハムド氏です。タイブ一族はマネー・ロンダリングや資産の海外逃避でおよそ150億ドルもの財産をつくったといわれています。それでもタイブ氏は今もマレーシア政府の要人であるために逮捕されていません。また汚職や環境犯罪を取り締まる権限のある国際刑事警察機構(インターポール)さえ、まず当該国の警察を通す必要があることを理由にこの問題には取り組む意図はないとしています。

 伐採企業はサラワク州政府と癒着関係にあります。前州首席大臣アブドゥル・タイブ・マハムドが敷いた賄賂による統治システムは、伐採企業(そのうちの何社かはタイブの直接支配のもとに置かれている)が実質的に野放し状態で森林を伐採することを許容しました。サムリン・グループ、リンブナン・ヒジャウ社、タ・アン社、シンヤン・グループ、WTKグループ、KTS社等の州の主要な木材企業はすべて、サラワクの環境破壊、汚職、違法伐採行為に加担しています。

 2014年、タイブ氏は33年在任した州首相を退任しサラワク州知事に就任しました。アデナン・サテム氏が同年その後を継いでサラワクの新しい州首席大臣に就任し、2016年に違法伐採の問題に本格的に取り組む声明を出しました。声明は、特殊な例を除いて政府が伐採権に関与しないこと、違法行為の監視体制の強化、ハート・オブ・ボルネオの林区所有者に対2017年までの森林認証取得を誘導すること等9項目です。しかしNGOは、ハート・オブ・ボルネオでの伐採を認めることを批判し、さらに取締りの対象は概ね中小規模の業者で「ビッグ6」と呼ばれる6つの主要な伐採企業にメスが入ることがなかったと報告しています。

 2015年に導入された新しい森林条例(Chapter 71 FORESTS ORDINANCE, 2015) は、森林官に権限を与え、森林犯罪に対する罰則を強化することにより、州の森林保全努力を強化することを狙ったものとされています。小規模な不法施業の訴追、違法材の差し押さえ、大手伐採企業による法律に沿った操業の誓約など、違法伐採を止めるための手立てが取られることとなっています。

 2017年1 月、アデナンの逝去後その後を継いだアバン・ジョハリ氏は同様の手法を続けるものとみられ、ジョハリ氏は、短期の伐採ライセンスを透明性の高い入札プロセスを用いて発行すると表明しました。

 しかし、これらが森林の破壊とそれによる先住民族の人権への影響を取り巻く長年にわたる深刻な問題を解決することになるかは不明です。

コラム:ハート・オブ・ボルネオ

 ハート・オブ・ボルネオとは、ボルネオ島の中央付近に位置する熱帯林について、ブルネイ、インドネシア、マレーシアの3カ国が国境を超えた保全と持続的管理を共同で宣言している熱帯林エリアである。面積は2200万ヘクタール、多様な動植物の宝庫であり、世界で最も生物多様性の高い地域とされている。ボルネオ島の20の主要河川のうち14の河川を有し水源としての価値も高く、さらに、人々の生活と暮らしの源でもあり森林に住む先住民族族を含む少なくとも1100万人の人々に生態系サービスを提供している。しかしこの対象地の境界内でも伐採企業による伐採が進行している。

 対象地の熱帯林やオランウータン、ウンピョウなど多くの絶滅危惧種の重要な生息地となっている。森林は、過剰な伐採、短期の収穫ローテーション、アブラヤシ農園や植林への転換のためにますます劣化が進行している。

 

Heart of Borneo
© WWF-Indonesia/GIS Team

 以下のサラワク州の土地利用に見るように、原生林は43万ヘクタール(森林全体の4.7%)に過ぎず、一方、アブラヤシ、紙・パルプ等のプランテーションは、(「最近皆伐された土地」はプランテーションの準備と考えられるのでこれも加えると)州全体の約15%に達しています。

分類 面積(1000ha) %
原生林以外の森林
8,690
70.2%
原生林
430
3.5%
アブラヤシ農園
1,260
10.2%
最近皆伐された土地
499
4.0%
パルプ用植林
131
1.1%
その他(湿地、灌木地、村落等)
1,370
11.1%
サラワク州全体
12,380
100.0%

出所:Global Forest Watch のデータ(2013)を基に作成